このページは、オリジナル小説十二神座の入口となります。
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この物語ははフィクションです。
小説内に登場する個人・企業・組織・団体は架空のもので、実在する個人・企業・組織・団体とは無関係です。
掲載されている十二神座の著作権は、小説を書いた作者:フィーのモノです。
ご理解のうえ、お読みください。
「開幕」 |
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――柔らかな光がセカイを染め上げる。 「ふむ、もう夜明けか」 書籍が乱雑に積み上げられた粗末な部屋。 その片隅で木製の椅子に凭れていた青年は読んでいた本を閉じた。 やや長い銀髪に切れ長の紅い双眸。 漆黒に染め上げられた術衣を纏い、朝日を見上げる姿はどこか蠱惑的だ。 長身、とまではいかないがすらりと伸びた手足は細く、華奢な印象を与える。 「また夜を越してしまったな」 そう呟く顔に疲労の色は無い。こんなことは慣れっこなのだろう、眠そうな気配等無い。 「兄さま〜!」 遠くから凛とした、それでいて甘えるような声が響き渡る。 声の主は部屋に入るなり、 「兄さま、また徹夜したの?もう、幾ら言っても聞かないんだから」 そう言ってぷくっと頬を膨らませる。 部屋に入ってきたのは少女。 彼と同じく銀色の髪と紅き瞳を併せ持つ。 小柄で華奢ながらも妖しく艶かしい姿は同性さえも魅了する程に美しい。 「そう言うな。御蔭で大方の解読は終わった」 「えっ、もう終わったの?」 途端に少女の目が輝く。 「ねえねえ、何て書いてあったの?」 抱き付かんばかりに……いや、抱き付きながら少女は彼にせがむ。 逸る少女を落ち着かせ椅子に座らせる。 きらきらと目を輝かせる少女に苦笑しながら彼は語り出した。 「そうだな……この世界は元々一つの総体で在り、総体の意思により各世界は―― セカイと呼ばれる群体は各個に己が領域を作り上げ、 其処に我等の世界の基盤となる概念を敷いた。 此処までは先日話したな」 「うん」 「群体は己が概念に耐え切れずに消滅した。三つの例外を除いてな。 三つの群体はそれぞれ、地球、天球、そして我等の住む裏球。 此れ等の群体が互いに干渉、影響する事は無いとされていたが、元は同じ総体」 そこまで聞いた少女は目を見開く。 「まさか兄さま、見つけたのっ?」 「ああ、裏球から地球へと渡る門をな。 やはり、認識言語が《創世の儀条》に深く関わっているのは間違い有るまい」 ――《創世の儀条》。 群体からこの世界が生まれるに至った一連の流れをそう呼ぶ。 如何なる方程式や理論を用いようとも完全に説明出来る事は無く、 それ故《絶対の始まり》とも言われている。 「文書にはこう有る。 『金色の暁と銀色の黄昏が交差する時、 真なる闇は求めし者を深淵の果てへと誘う。彼の地、悠久の果てに地を求むもの。 乖離成る古の言霊を従えし者、霞月たるに相応しき者、 その全てに遍く栄位なる門を開く。』と。 文頭は恐らく場所か時間、或いはそれに類するものだろう。 次の文は地を求むものとある。これは地球の事だ。 そして最後、乖離成る古の言霊は認識言語で間違い無いが…… 霞月たるに相応しき者とは何であろうな?」 「兄さま、認識言語って?」 「ああ、まだ説明していなかったか。 認識言語とは言語自体が持ち得る意味を具現化した一つの形だ」 その答えに少女は首をへにゃっと傾げる。 「えっと、私達が普段使っている言葉と認識言語はどう違うの?」 「ふむ……解り易く言うと、我等が日常で使う言語は文字の配列に一定の規則性を科し、 その文字に意味を与えている。 だが認識言語は言語の意味そのものを文字という媒体に移し替えたモノだ。 つまり、『識る』という言葉を既に知っているからこそ、『識る』という文字を見て意味を理解出来る。 だが認識言語は『識る』という文字を知らなくとも『識る』という意味が理解出来る。 その文字自体が意味の結晶で在るが故に」 「ち、ちょっと難しいかも」 潔く白旗を上げる少女に、彼は苦笑する。 彼とてこのような説明で全てを理解出来る等とは考えてはいない。 論より証拠とでも言うように、彼は先程まで読んでいた本を少女に渡す。 「読んでみると解る」 言われた通り少女は本に目を落とす。 見た事の無い文字が羅列されており何が記されているのかは全く解らない。 「兄さま、全然読めないよ?」 「眺めるのと読むのは違うぞ、ノーヴィー?」 ノーヴィーと呼ばれた少女は先程より文字に強い意識を向ける。 暫くそうしていたが一向に変化は無い。 (私には無理なのかなぁ?) ふう、とため息を吐く。 何気なく文字を眺めたその時、ノーヴィーの視界がぐにゃりと歪む。 (あ、あれ?) 刹那、文字という媒体を通して凄まじい程の知識の奔流がノーヴィーを飲み込む。 ――異形。見た。鴉。飛翔。引いて。舞台。凄惨。堕ちる。拘束。原罪。帰る。 介して。迂回。滅亡。天に。烈日。崩れる。光。鮮血。行方。真なる――、 「ノーヴィー!」 自分を呼ぶ声に、ノーヴィーは現実に引き戻される。 (あ……ここは……?) 全身を包む倦怠感に多少の驚きを覚えながら、辺りを見回す。 朝日が差し込む部屋。 乱雑に積まれた本に囲まれるようにして、自分は椅子に座っている。 正面で自分を見つめているのは、 「兄さま……?」 「気分は如何だ?」 「少しふらふらするけど、うん、大丈夫」 そういって笑顔を向けるが、目眩がするのか少し体が傾いている。 彼はその様子を見て微かに口元を綻ばす。 日頃余り感情を表にしない彼が心から安堵してくれた事が、ノーヴィーは嬉しかった。 (やっぱり兄さまは優しいなぁ) 心配させてしまった事は心苦しいが、それでもこうして気に掛けていてくれている事に顔が赤くなる。 「少し軽率だったな、我でさえ意識を霧散させぬように多少は消耗する。 それを理解してはいたが、認識はしていなかったようだ。ノーヴィー、済まない」 「ううん、兄さまは悪くないよ?私がちょっとダメダメなだけだから」 照れ隠しに眼を逸らす。 「あ、そう言えば一つ気になる言葉があったんだけど兄さまなら解るかなぁ? 《影闇の門》って知ってる?」 「ラトス・ナトゥータ? ふむ……影闇とは認識していない対象を示す。となれば門とは即ち移動手段……か。 ほう、御手柄だなノーヴィー?」 「え?」 「つまりだ、《影闇の門》とは裏球から地球へと移動する為の認識言語だ」 あっさりと言われ、ノーヴィーは何を言われているのかを理解出来ていない。 たっぷりと時間を掛け言葉の意味を飲み込む。 「それって……私が地球への接続方法を見つけたって事?」 「ああ、これで《創世の儀条》にまた一歩近付いた。本当に良くやったな」 「あ、えへへぇ……」 頭を撫でられノーヴィーは目を細める。 彼の役に立てた事が嬉しいらしく、頬を桜色に染める。 「ふむ……《影闇の門》については全てノーヴィーに任せよう。 研究結果等の資料が欲しい時には我が集めよう」 「ええっ、私が?」 「認識言語を理解したのはノーヴィーだ。御前は選ばれたのだ。闇に、な」 ――人竜歴一八五八年。 裏球に措いて最も広大な大陸リストニア。 この大陸には大きく分けて三つの種族がいる。 大陸各地に進出し勢力を拡大し、地球に住む者達と何等変わらぬ《人族》。 北部の山岳地帯を越えた所、白銀に埋め尽くされた地にひっそりと暮らす《魔族》。 そして、西方の地で他種族の干渉を受ける事無く平和な時を過ごす《竜族》。 この三大種族がそれぞれ、東方、北部、西南を支配し独自の文化を形成していた。 各勢力が互いを牽制し合う形で世界は危うい拮抗を保ちつつ、 小さな諍いは有れど平穏と呼べる時代を形成していた。 だが、その平和は脆くも崩れ去る。 人族――人間と竜族の領土の境に在る小さな村が人間の手により焼き払われた事により、 二種族間の対立が激化する。 この事態に竜族は人間に対し講和を申し入れるが、人間達はこれを拒否。 西方に邪悪有り、と竜族に宣戦を布告し各地を占領し始めた。 純粋な力では竜族が圧倒的に上だが、元々争いを嫌い平和に暮らしていた竜族に比べ、 人間は小競り合いや戦争を歴史の中で繰り返しており戦場に置いては一枚上手。 半ば強制的に魔族の協力を取り付けた事も有り、徐々に戦況は人間に傾く。 そして、今まさに人間が竜族の地シーナリアスを望むカルカ運河に差し掛かろうとしていた。 舞台は彼の地よりそう遠くない世界、裏球。 平穏と謳われた場所に住む双子の竜族が真なる闇の概念を手にした時より、この神話は紡がれる。 |
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