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Bland New Tea☆Time♪

Bland New Tea☆Time♪

このページは、オリジナル小説十二神座の入口となります。
(HP小説の無断転載を禁じます。)
この物語ははフィクションです。
小説内に登場する個人・企業・組織・団体は架空のもので、実在する個人・企業・組織・団体とは無関係です。
掲載されている十二神座の著作権は、小説を書いた作者:フィーのモノです。
ご理解のうえ、お読みください。

十二神座・第一幕(作者:フィー)pso-novel

「悠久の果て」 
  「やはり和平は望めぬか……」
枯れた重々しい言葉に、青年は答える。
 「今更和平を口にするか?人間は既にコルトバを陥落させ、カルカ運河を目指している。
  もう少し現実を見ては如何か?」
 「貴様、口の訊き方を知らぬのか!」
 別の場所から響く怒号に青年は涼しい顔で答える。
 「事実を言ったまでだ。このままでは首都シーナリアスに攻め入られるは必至。
  ならば人間を退ける手段を模索した方が良かろう。
  ……それに、口の訊き方を知らぬのは貴様ではないか?
  『戦を知らぬは向こうも同じ、互いに疲弊し直ぐに収まる』等と妄言を吐き
   (ろく)に対策を講じぬまま五千もの同胞を失わせた報いは、
   まだ償わぬのかリプソン議員?」
 その言葉に怒号の主は、ぐっと声を詰まらせる。
 「己が罪を理解したようで何より。
  ……この戦、同胞を逃す事を最優先とするならば我が叡智(えいち)、貸しても構わぬ」
 「……しかし、そなたも戦は経験して居らぬ筈。
  同胞の命を背負う覚悟……そなたに有るかの?」
 「冗談が巧くなったな長老。闇と引き換えに心を失った事を知らぬ訳ではあるまい。
  此度の戦は人間を滅ぼすものでは無く、我等竜族が無事逃げ延びる為のもの。
  三万の勇士を用意した後は共にダリル半島に逃げ込めば良い」
 「分かった、そなたに任せよう。道士ヴィノ・ユーノクライン。
  竜族の命運……そなたに託したぞ」
 「了承した」
 踵を返し、ヴィノはそこを立ち去った。


 外に出たヴィノは息を吐く。
見上げた空には大きな虹が輝いている。
 「兄さまっ」
 声と共に背中に軽い衝撃。
 振り返らずとも正体は判る。苦笑を漏らし、背後に声を掛ける。
 「家で待っていろと言って置いた筈だが?」
 ぶっきらぼうな物言いに拗ねたように答える声。
 「だって早く兄さまに会いたかったんだもん。私は兄さまといつでも一緒に居たいの」
 「やれやれ……。我としては兄離れして欲しいとも思うがな、ノーヴィー?」
 首だけを背後に向けそこにいる少女を見る。
ノーヴィーは肩の辺りに頭を預け、きゅうと抱き付く。
 「いいの、私は兄さまと一緒に居るのが好きなんだから」
 ノーヴィーは隣に並ぶと腕を組んで歩きだす。
 首都シーナリアス。
山の上に在る神殿を中心にして広がる街で、古代から伝わる書物を保管する書庫が幾つも点在する。
閑静な環境にあり、住民の多くは自然と協和しのんびりとした生活を送っている。
ただ、流石に今は街に緊張感に似た感覚が流れている。
 「それで兄さま、長老達は何て?」
 「元老院は当てにならぬさ。我が事に当たる型で落ち着いたがな」
 「じゃあ兄さまが戦いに……?」
 「そうなる。明朝、出立するつもりだ」
 「えっ、幾らなんでも早すぎない?」
 ノーヴィーは焦ったように言葉を紡ぐ。
 「兄さまだって用意が要るでしょ?もう少しゆっくりと準備を」
 「いや、それには及ばん。既に用意は整っている」
 「でもっ、でもっ」
 「……ノーヴィー?」
 普段と違うその様子にヴィノは訝しげに問う。
 あぅ、と顔を伏せるノーヴィーは逡巡の後、消え入りそうな声で言った。
 「だって兄さまが戦いに出たら暫くは帰って来ないんでしょ?」
 「流石に毎日帰って来る訳にもいくまい」
 「兄さまに会えないなんて、私淋しいんだもん」
 ああ、とヴィノは合点がいく。
甘えん坊のノーヴィーの事だ、離れ離れになる事が余程嫌らしい。
やれやれと軽く溜息を吐きノーヴィーの頭を撫でる。
 「あっ、兄さま……?」
 「全く、いつまで経っても甘えん坊だな。そんな事では嫁の貰い手が居なくなるぞ?」
 「ま、まだ考えてないよ、お嫁さんなんて……」
 そう言うノーヴィーは頬を赤らめる。
どうやらこの類の話には慣れていないようだ。
 「おーおー、真っ昼間から見せつけてくれるなぁ?
  傍から見てると羞恥心を置き忘れた恋人同士にしか思えんぞ」
 不意に二人に声が掛けられる。
振り向いた先、真紅の短髪が目立つ長身の男が立っていた。
程好く日に焼けた肌が快活さを滲ませる、快男児という表現が似合う男だ。
 「ほう、御前のような信心に疎い奴がここに来るとはな。今日は日食が見えるやも知れん」
 「出会って早々嫌味言ってんじゃねえ」
 「御互い様だと判断するが如何に?」
 ククク、と不敵な笑みを浮かべるヴィノ。
その横でノーヴィーは顔を真っ赤にしながら男に挨拶をする。
 「こんにちは、トゥーガ。えと、こ、恋人ってやっぱり……」
 「お前ら以外にこの状況で居るとでも?
  おいヴィノ、嬢ちゃん認識力が低下してきたんじゃねぇか?」
 「ノーヴィー、この二足歩行する蜥蜴(とかげ)の言う事に耳を傾けてはならぬぞ?
  脳を鍛えるという言葉を真に受け、脳は筋肉で出来ていると勘違いした恥晒しだ」
 「それは関係ねぇてか何でお前がその事知ってやがるんだよ!」
 「喧しいぞ単細胞の集合体。言語を習得したからといって調子に乗っているのか?」
 うがーと吼えるトゥーガに対しヴィノは涼しい顔で軽口を叩いている。
 トゥーガ・ヴァジュラ。
 ヴィノが幼い頃からの悪友にして最大の理解者。
さっぱりした性格の持ち主で細かい事には拘らない、豪胆な炎竜。
少し思考が短絡的で、考える事は苦手。
好きなものは酒、趣味は昼寝と、どこぞの親父かとも思うがこう見えても長老の嫡男であり、
その裏表の無い性格は街でも評判である。
 「まぁ冗談はさて置き、御前がここに来るとは珍しいな」
 「あ、あっさり流しやがった。
  ったく、お前に軍の全権が委ねられるだろうと思ったんだよ。
  で、気になって来てみりゃいちゃついてやがる。
  お前にはなんかないのか?こう、盛り上がり的な何かは」
 「無い」
 「即答かよっ!」
 二人のやり取りを見ていたノーヴィーはクスクスと笑い声を漏らす。
 「仲良いね、兄さまとトゥーガ」


 トゥーガと別れた後、二人は街外れにある自宅へと戻っていた。
日も暮れ、夜中と読んで差支えない時間帯。
家に帰ってからというもの、ノーヴィーはいつも以上にべたべたくっ付いている。
ついさっきまでは自分が如何に心配しているかをまるで子供のように語りつくしていた。
 「……うにゅ」
 話し疲れたのか、ノーヴィーは眠たそうに眼を擦っている。
 「ノーヴィー?」
 「なぁに、兄さま」
 返事はするが眼はとろんとしている。
 (そろそろ潮時か)
 ノーヴィーを抱えて布団まで運ぶ。
 「ふえっ?あ、兄さま……?」
 「こら、暴れるな」
 布団に寝かせ、明かりを消す。
 「お休み、ノーヴィー」
 そっと部屋を後にするヴィノの耳に微かに声が届いた。
 「……兄さま……ずっと、一緒だよ……」
 「ああ、解ってる」
 小声で呟いた言葉に、ノーヴィーが笑った気がした。




幕間――コルトバ、連合軍前線基地

 カルカ運河の手前、コルトバの地に設けられた人間達連合軍の野営地。
その中央にある立派な簡易移動式天幕の中で怒号に近い詰問の声が上がる。
 「何故進軍をせぬのだ!憎き竜族の住処は目前にあるというのに!」
  鼻息荒く話すやや小太りな将軍の言葉に称賛を送りはしないものの、
この場に集まっている将のほとんどは同じ考えだろう。
にも拘らず、青年――いや、そう呼ぶには些か大人びすぎてはいるが――はそれを良しとしない。
 「まぁまぁ、落ち着いて下さいよ。このまま進んでも彼等の思う壷ですよ?
  地の利は彼等に有り、恐らくはこちらの隙を衝く形で迎え撃つはずです」
 「しかし奴等の戦いぶりを見れば戦に慣れておらぬのは一目瞭然!
  まさかここにきて怖気づいたのではあるまいな?」
 「これは御冗談を。……まぁ、どうしても行くと仰るならば止めはいたしませんがね」
 「何を恐れる必要がある?向こうは戦い方を知らぬ蜥蜴共の集まりだ。
  前に出るのが嫌ならば後方で茶でも飲んでいるがよい」
 ふん、と鼻を鳴らし小太りの将軍は部屋を後にする。
それに続くように他の将達もこの場を離れた。
 「……ふぅ。やれやれ、どうも皆さん自分の力を過信しすぎていて困りますね」
 「いやー、まぁ仕方ないと思うよ。一応は竜族を相手に戦って勝っちゃった訳だし」
 溜息を吐いた青年の背後から明るい声が響く。
 遮蔽幕の陰から姿を見せたのは亜麻の服を纏った少女。
一見非戦闘員のように見える彼女だが、身のこなし一挙一動に全く無駄がない。
 「おやおや、いつの間に忍び込んだのですか?」
 苦笑する青年に少女は笑って答える。
 「気付いてたくせに。いいじゃない、どうせ教えてくれるんだし」
 「それはそうですが。……にしても、彼等の思い上がりには正直驚かされますね。
  確かに竜族を殺してはいますが、それは全て戦闘力を持たぬ市民。
  本当に勝機があると信じているのでしょうかね?」
 「あらら、他の将に聞かれたら大変だよ?
  一応彼等はこの戦争に勝つつもりでいるんだから」
 (たしな)めてはいるが、少女の顔は笑っている。青年と同じように考えているからだ。
微笑みを浮かべてはいるが、その瞳は常に先を見据えている。
 この「人間」という種において、二人は奇異な存在であった。
彼等にとって竜族と人間という種族の差等、住む家が山にあるか海にあるかくらいの違いでしか無い。
そうしたある種異端とも言える概念を抱く二人がこの戦争に参加しているのは、勿論単純な理由からではない。
 「さて、私はそろそろ寝ようかな?夜更かしはお肌の美容に悪いのよ」
  艶めかしい笑みを向け、少女は部屋を後にする。
その背中に青年は呟く。
 「彼……もしくは彼女ですが、いつ戦場で出会えると思いますか?」
 「さてね。どっちにしても進んで戦いたい相手じゃないでしょ?っていうか戦ったら死ぬし」
 「それもそうですね。……今夜は月が綺麗ですね。僕は少し眺めていましょう」
 「言っておくけど晩酌は付き合わないわよ」
 それだけ言うと少女は宛がわれた専用の天幕へと向かった。
その後ろ姿を見送り、青年は暫く月を眺めていた。
と、その耳に聞こえる微かな音。
 「これは……」
 外に出て音のした方向に目を向けると、一瞬の間を置いて再び音が聞こえた。
 「風切り音……なるほど、明日は遂に彼女が出ますか。という事は恐らく……」
 思考を中断させるかのように、今度は耳元で風切り音が鳴った。
 知らず知らずのうちに音に誘われていたようだ。
振り返った先には、的のつもりなのだろう矢筒が水平に吊るされており、
その中に風切り音の正体であるものが大量に入っていた。
 「相変わらずの腕前と言っておきましょうか。しかし僕がいるのも気にせず撃つとは」
 苦笑を洩らし、青年は自分の天幕へと戻る。
風切り音はもう聞こえなかった。




終幕――カルカ運河、上流

 「全軍!憎き竜族の地は目前だ!
  あの薄汚い蜥蜴共に、地獄への招待状を叩きつけてやれ!」
 将軍の演説に勢い付く兵。
ここカルカ運河は周りを欝蒼とした密林に囲まれた中に在り、竜族にとっては絶対防衛線となる要所の一つである。
 その理由はこのカルカ運河の位置にある。
カルカ運河の対岸はなだらかな下り坂の草原となっており、そこから竜族の首都シーナリアスを望む事が出来る。
ここを抑えられると事実上、竜族は反撃の足掛かりを失う事となる。
運河とは言うが、水底は浅く歩いて渡れる為、辺りに橋等は架かっていない。
流れも穏やかではあるが、運河の名に相応しいだけの広さはあった。
 対岸に布陣している竜族は動かずに運河の外で待ち構えている。
その手前には非常に粒の細かい砂が敷かれており、足を取られた兵を弓で撃つ為の布陣であったが、
多くの兵士はそれを『怖気づいた竜族がいつでも逃げ帰る事が出来るようにした布陣だと思い込んでいた。
 全軍突撃の命が下り、一斉に兵士が河を目指す。
 その数はおよそ七千。これに対して対岸の竜族はせいぜい五百。
誰もが人間側の一方的な勝利を信じて疑わなかったが、
この二人は竜族が何もしてこない筈がないと解っていた。
雪崩れ込むように進軍する兵達を見つめながら、青年は後方で空を見ていた。
 「どうしたの?昨日飲み過ぎた?」
 茶化すように少女は青年の顔を覗き込む。
 「いえ……霧が出ますね」
 「霧?」
 視線を空に移すが、雲一つ無い。
 どういう事かと青年に向き直ったその時、少女はそれを見付けた。
対岸の川上にある林の奥で風に揺れる銀の髪。
慌てて空を見上げると、運河上空に魔力が集中していくのが感じ取れた。
 「まさか、彼がここに?」
 「……なるほど。ウェルド将軍、今すぐ兵を引いて下さい」
 少女の問いには答えず、青年は近くにいた小太りの将軍に進言する。
が、将軍は話を聞こうとしない。
 「はっ、怖気付いたのか。名高き『飛鳥』ともあろう者がこんな臆病者だったとはな?」
 「謝罪は後で聞きましょう。兎に角、すぐに兵を引かねば」
 そこまで喋った時、前線の兵達が急に慌ただしく動き始めた。
陣の後方にいた青年達でさえ運河全体を見通す事が出来ない程の濃霧が立ち込め、
運河中央付近から悲鳴が上がり出したのだ。
ウェルドと呼ばれた将軍は運河から戻ってきた兵士に怒鳴るような声で尋ねた。
 「何事か!」
 「でっ、伝令っ!運河が濃霧に包まれたと同時に竜族の襲撃を受けました!」
 「何ぃ!」
 「今までの竜族とは違います!すでに前線の部隊は三分の二が壊滅っ、
  残りの部隊も苦戦を強いられていますっ!」
 「やはり来ましたか。思ったよりも動きが早いですね……、
  一旦川岸まで陣を退き態勢を立て直して下さい」
 青年は伝令に指示を出し、自らも河川に向かい歩きだした。
 「あ、待ってよ!私も行くってば」
 少女も青年の後に続くが、通り掛け、将軍に向かって舌を出すのを忘れない。
 「やれやれ、早速ですか。
  まぁ、多くの同志を失った悲しみは察しますが……
  こちらの仕事が増えるのは頂けませんねぇ」


同時刻。

 カルカ運河の中央、敵陣を縦横無尽に駆け回る竜族の姿があった。
 それは彼等が目にしていた人間と同じような姿では無く、人間よりも大きな体躯を持つ伝承の挿絵にあるような、
竜そのものの姿。
折り畳まれた翼、堅く屈強な鱗、鋭く伸びた牙、長く太い尻尾。
その恐ろしい風貌に違わぬ強大な力で、彼等は運河を暴れ回る。
彼等の圧倒的な強さに人間の兵士達は逃げ惑うばかりである。
濃霧に紛れての襲撃で陣形を崩された上、
恐らくは初めて目にするであろう竜族本来の姿に威圧され、瞬く間に戦線は押し返される。
 そんな中、力を解放せず戦場を駆ける一人の竜族がいた。
漆黒の術衣に身を包んだ銀髪の青年。
無数の懐刀を手に、まるで舞うかの如く血の雨を降らす。
果敢に向かって来る兵士は自ら死を迎え入れた事に気付かぬまま、その胸に銀の刃を光らせる。
手近な所に居た兵士を処理し、声を張り上げる。
 「皆戦え!同胞を失ったやり場の無い怒りと悲しみを血肉と化し、我等の地から蛮族を叩き出せ!」
 前線に立ち味方を鼓舞するその姿に、竜族の士気は増していく。
勢いをそのままに人間達を次々とねじ伏せ、(たちま)ち戦線を押し返していく。
 「っと、随分派手にやらかしてるみたいだな」
 軽い口調でやってきた紅き短髪の男に、ヴィノは呆れたように肩を竦める。
 「やれやれ、貴様には確か敵陣の中心で存分に暴れて来いと言って置いた筈だが?
  それとも自慢の体力が底を着いたとでも言うのかトゥーガ」
 いつも通りの軽口に口の端を吊り上げながら、
彼は背後から襲い来る兵士の剣を弾き飛ばし懐に拳を入れる。
華麗に吹き飛ぶところを見る事なくトゥーガは言い放った。
 「ったく、テメェは頭が固くていけねーな?ていうか奴等弱すぎだっつーの。
  前線で張り切ってた部隊なんざとっくの昔に壊滅させたぞ。
  で、次どうするか俺様がわざわざ訊きにきてやったんだ有難く思え敬え跪け」
 「ならばさっさと東の森を抜けて敵陣の背後から奇襲でも掛けて来い」
 ヴィノの言葉にトゥーガは眉をひそめる。
 自らの武勇に少しばかり覚えのある彼に取って敵の背後からの攻撃等、なんの楽しみも無い。
むしろ正面から突っ込み、敵将に向かって突撃する方が彼の性に合っている。
 「……ん?どうやら敵さん、退却を決め込んだらしいな」
 トゥーガは退いて行く兵士の姿にやや呆れを含んだ声を向ける。
 「ここまで攻め込んだからにはもう少し骨のある奴等だと思ってたんだがなぁ」
 「相変わらず血の気の多い奴だ。
  暴れ足りないのであれば敗走兵の後でも付いて行け、少しは腕に覚えのある者と相見える事となろう」
 「その言葉は何か知ってやがる物言いだな?まぁ、面白くなりそうだから気にしねぇけど」
 言葉とは裏腹に、嬉々として兵士達の後を追い運河の向こうへ消えるトゥーガを見送って、
ヴィノは呆れともつかぬ息を吐く。
 (首尾は上々、か。こちらには被害が出ずに終わりそうだな。
  噴霧の魔術を使う折、あの二人に姿を見せて置いた。
  賢明な二人の事だ、直ぐに兵を退かせるだろうと踏んでいたが……)
 予想より早く敵兵は撤退を始めた。どうやら彼等の他にも、優秀な人材がいるらしい。
ともあれ、此処での戦いは勝利する事が出来た。
この先暫くは戯事に等しい戦争を仕掛ける事になるが、どうやらそこまで退屈ではなさそうだ。
 刹那、左から風切り音が鳴る。
そのまま頭部を貫くかと思われたそれはヴィノの左手によって寸前で受け止められていた。
左手を開くと流線型の鉄玉――銃弾がある。
 「ほう……魔術に頼らず火器を用いる、か。だが狙いが甘いな。腕は二流と言った処か」
 銃弾が飛んで来た方向に眼を向ける。
高台の鬱蒼と生茂る藪の中で何かが動くのを捉え、ヴィノは興味を覚えた。
 「人間にしては珍しく豪胆の持ち主だな。
  しかし女子(おなご)がこんなところをうろつくとは……時代の流れ、というやつか」
 思わず口に出た言葉にクク、と喉を鳴らして笑う。
ならば、とヴィノは両手を広げ『撃ってみろ』と言わんばかりに背を向ける。
一瞬の間が空き、風が鳴る。
しかし、それは彼の予想を裏切り左手にあった銃弾を弾き飛ばす。
銃弾は足元を流れる緩やかな水の底に、その姿を消す。
暫くヴィノは呆けたように銃弾が落ちた辺りの水面を眺めていたが、
やがて思い出したように大声を上げて笑い出した。
 「くくく、くははははははは!訂正しよう、気高き女銃士よ。御前の腕があれば我の命を奪う事も容易かろう」
 滴る血を掴んだ左手に残る衝撃を握り締め、ヴィノは更に笑みを濃くする。
銃弾による擦過傷は掌の表面だけを傷付けていた。
並の銃士であれば銃弾に与えた衝撃が分散し、
これよりも深い傷を付けていた事だろう。
何よりわざわざ背を向けたヴィノを打ち貫く事無く挑発し返す辺り、彼女の狩人としての誇りが、窺える。
 振り返り彼女が潜んでいた辺りを眺めていると、そこへさっぱりした表情でトゥーガが戻って来た。
 「ったく、あの優男奇妙な体術を使いやがって。
  あんな奴が人間の中に居るなら、中々人間も捨てたもんじゃねぇな。……って、お前何にやにやしてんだ?」
 「いやなに。御前の言う通り、中々楽しめそうな事を見付けただけだ」
 「まぁ何があったかは知らねぇが、お前がそこまで笑う事も珍しいな?
  てっきり感情なんざ麻痺してるもんだと思っていたんだが」
 「さて……やはり闘争とは失い掛けた本能を呼び覚ましてくれるものらしい」
  答えともつかぬ意味深な言葉を残し、ヴィノは運河を後にする。
 目指すはコルトバ。
この勢いのまま攻め込み戦線を東に押し戻す為に、
ヴィノは首都シーナリアスを後にした。


運河での戦いが始まるほんの数分前。

 鬱蒼と生い茂る藪の中で、一人の女性が息を潜め、その時の到来をただ静かに待っていた。
 年齢は二十歳を過ぎたばかり、といったところか。
緋色の短めの髪、切れ長の鋭い茶色の瞳、長身でありながらも華奢な身体つきという風貌。
碧色の上着と下衣という女性らしさを感じさせない服装ながら、得物を構える姿はどこか艶かしい。
 彼女の得物はこの時代――というよりこの世界では珍しい、長銃だ。
 雹鋼(ひょうこう)と呼ばれる希少な鉱石で作られた銃身に取り付けた
遠視鏡(スコープ)から覗く先に、倒すべき相手を映す。
その瞬間の為に、彼女はここで息を潜めている。
不意に彼女は空を見上げ、透き通る凛とした声でぽつりと呟いた。
 「霧……」
 その声が藪の奥に吸い込まれた時、突然辺りに霧が立ち込めた。
と同時に鳴り響く剣戟の音。
 「始まった」
 ただ一言、そう言って彼女は遠視鏡を運河の中央に向ける。
 暫くは濃い霧が全てを包んでいたが、
やがて運河はその水面に一人の竜族を映し出す。
漆黒の術衣を纏った青年のようだが動きが早過ぎる事と、
遠視鏡を使っても猶距離がある為に顔はよく見えない。
青年は舞うように銀の刃を操り、運河を赤く染めてゆく。
その手際の良さとまるで相手を見ていない戦い方に彼女は寒気のようなものを覚えた。
 (まだ……まだ、早い……)
 自分にそう言い聞かせ、逸る指先を叱咤する。
 やがて味方の軍が退却を始める。
圧倒的戦力を目の当たりにし、兵の士気も落ちているのだからこれ以上の戦いは無駄だと、
将官の誰かが判断したのだろう。
 犠牲となった兵達には悪いが、彼女にとっては好都合だった。
 青年に近付いていたもう一人の竜族は敗走した兵を追ってか、その場を離れた。
動きが止まった青年に遠視鏡の焦点を合わせる。
風に揺れる銀髪が目に映った瞬間、彼女の心臓がどくんと跳ねた。
 遂に見付けた。長年探し続けていた標的を。
今しかない、と彼女は銃口を青年の頭部に向ける。
遠視鏡から見る限り、青年はこちらに気付いていない。
 引金を引くと同時、ヒュンと風を切る音が鳴る。
 (……獲った)
 そう思った瞬間、青年の左手がすっと伸び銃弾を捕まえた。
 「え……?」
 突然の出来事に彼女の理解が追い付かない。
いくら風を切る音が鳴ったとはいえ、この長銃は発射時の音は無音に等しい。
狙撃を気取られない為に、わざわざ音が吸収される雹鋼で銃身を作ったのだ。
銃弾が空気を裂く音を聞いたにしろ、常人では音を聞いた瞬間に死に至る。
 混乱する彼女に青年がこちらに顔を向ける。
普通なら方向は兎も角、こちらの位置をあの距離から特定出来た等とは思わないが、
彼女は青年と目が合ったと感じた。
 見付かった。
何故そう感じたのかは解らないが、敢えて言うなら直感だ。
理性や感情を超えた、もっと内面的な、所謂本能で彼女はそれを悟ったのだ。
 恐怖。最も原始的で最も絶対的なものを彼女は覚えた。
そんな彼女を嘲笑うかのように青年は両手を広げ、こちらに背を向けた。
さも『撃ってみろ』と言わんばかりの態度。
それを見た途端、不思議と彼女の心に普段の落ち着きが戻ってきた。
 (そっちがその気なら……!)
 頭に向けた銃口を僅かに左にずらす。
 再び風が鳴る。
 放たれた銃弾は彼女の狙い通り、青年の左手の中に向かう。
先程撃った銃弾に。
遠視鏡の先、小さな銃弾が弾け飛んだ。
それを確認すると、彼女は身を翻しその場を離れる。
獲物を仕留めずして去る等恥を晒しているようなものだ。にも拘らず彼女の顔は晴々としていた。
恐らくここは仕留めるのに相応しい場所ではない、と考えたのだろう。
久し振りの大物を見付けた猟師のように、彼女の心は躍っていた。
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