幕間――コルトバ、連合軍前線基地


 カルカ運河の手前、コルトバの地に設けられた人間達連合軍の野営地。
 その中央にある立派な簡易移動式天幕の中で怒号に近い詰問の声が上がる。
「何故進軍をせぬのだ!憎き竜族の住処は目前にあるというのに!」
 鼻息荒く話すやや小太りな将軍の言葉に称賛を送りはしないものの、この場に集まっている将のほとんどは同じ考えだろう。
 にも拘らず、青年――いや、そう呼ぶには些か大人びすぎてはいるが――はそれを良しとしない。
 「まぁまぁ、落ち着いて下さいよ。このまま進んでも彼等の思う壷ですよ?地の利は彼等に有り、恐らくはこちらの隙を衝く形で迎え撃つはずです」
 「しかし奴等の戦いぶりを見れば戦に慣れておらぬのは一目瞭然!まさかここにきて怖気づいたのではあるまいな?」
 「これは御冗談を。……まぁ、どうしても行くと仰るならば止めはいたしませんがね」
 「何を恐れる必要がある?向こうは戦い方を知らぬ蜥蜴共の集まりだ。前に出るのが嫌ならば後方で茶でも飲んでいるがよい」
 ふん、と鼻を鳴らし小太りの将軍は部屋を後にする。それに続くように他の将達もこの場を離れた。
 「……ふぅ。やれやれ、どうも皆さん自分の力を過信しすぎていて困りますね」
 「いやー、まぁ仕方ないと思うよ。一応は竜族を相手に戦って勝っちゃった訳だし」
 溜息を吐いた青年の背後から明るい声が響く。
 遮蔽幕の陰から姿を見せたのは亜麻の服を纏った少女。一見非戦闘員のように見える彼女だが、身のこなし一挙一動に全く無駄がない。
 「おやおや、いつの間に忍び込んだのですか?」
 苦笑する青年に少女は笑って答える。
 「気付いてたくせに。いいじゃない、どうせ教えてくれるんだし」
 「それはそうですが。……にしても、彼等の思い上がりには正直驚かされますね。確かに竜族を殺してはいますが、それは全て戦闘力を持たぬ市民。本当に勝機があると信じているのでしょうかね?」
 「あらら、他の将に聞かれたら大変だよ?一応彼等はこの戦争に勝つつもりでいるんだから」
 (たしな)めてはいるが、少女の顔は笑っている。青年と同じように考えているからだ。微笑みを浮かべてはいるが、その瞳は常に先を見据えている。
 この「人間」という種において、二人は奇異な存在であった。彼等にとって竜族と人間という種族の差等、住む家が山にあるか海にあるかくらいの違いでしか無い。
 そうしたある種異端とも言える概念を抱く二人がこの戦争に参加しているのは、勿論単純な理由からではない。
 「さて、私はそろそろ寝ようかな?夜更かしはお肌の美容に悪いのよ」
 艶めかしい笑みを向け、少女は部屋を後にする。
 その背中に青年は呟く。
 「彼……もしくは彼女ですが、いつ戦場で出会えると思いますか?」
 「さてね。どっちにしても進んで戦いたい相手じゃないでしょ?っていうか戦ったら死ぬし」
 「それもそうですね。……今夜は月が綺麗ですね。僕は少し眺めていましょう」
 「言っておくけど晩酌は付き合わないわよ」
 それだけ言うと少女は宛がわれた専用の天幕へと向かった。
 その後ろ姿を見送り、青年は暫く月を眺めていた。
 と、その耳に聞こえる微かな音。
 「これは……」
 外に出て音のした方向に目を向けると、一瞬の間を置いて再び音が聞こえた。
 「風切り音……なるほど、明日は遂に彼女が出ますか。という事は恐らく……」
 思考を中断させるかのように、今度は耳元で風切り音が鳴った。
 知らず知らずのうちに音に誘われていたようだ。振り返った先には、的のつもりなのだろう矢筒が水平に吊るされており、その中に風切り音の正体であるものが大量に入っていた。
 「相変わらずの腕前と言っておきましょうか。しかし僕がいるのも気にせず撃つとは」
 苦笑を洩らし、青年は自分の天幕へと戻る。
 風切り音はもう聞こえなかった。



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