確信はあった。動きの癖、好む言い回し、纏った魔力の匂い。一つ一つが自身のものと完全に一致している。
 無論偶然の一致という事も考えられる。だが言葉では言い表せない――名状し難い何かが、その答えを導き出した。そして其は自分を納得させるだけの説得力を持っている。
 「何の因果で此処に存在しているのか、何故性別が我と逆なのか、そもそもどういった存在なのか。皆目見当が付かぬし論理的な思考や判断も下せん。だが奇妙な事に、感覚として、お前が我と同一の何か≠ナある事は解る」
 言いながら自らの言に可笑しさを覚える。
 (確信として内に在るのに対し、外へ吐き出せば妄言として耳に入るか。この感覚は何であろうな?)
 その感覚を例えようと言葉を探し、思考が逃避を企てていた事に気付く。
 (いかんな、此処まで平常心を欠くとは)
 存外、この状況を楽しんでいるのかも知れない。
 説明は出来ないが理解する。論理的でない矛盾した思考を抱え、高揚感の様な焦燥の様な感覚に浮かされている。
 自らに対する好奇を打ち消す様に言葉を発した。
 「お前は恐らく我と同じ量の――否、我の持つ知識を有している。先程お前はリィヴィィの事を唱竜と言った。確かに唱竜は他の竜族と違い一見して其と解る。特徴的な緑銀の鱗と細長い首、鬣(たてがみ)を思わせる後ろへ流れる様な頬骨を見たならば。しかし奴は人化していた。外見で奴を唱竜と見分ける事は出来ない筈だ」
 何を理解し、何を理解していないのか。
 思考の根幹すら定まらない事だけを理解し、その先を求めている。今、果たして自分は何を解っているのだろうか。
 何も、何一つ、解ってはいない。
 対する彼女は、自分と同じ知識を持ちながら其を限定された範囲に於いて自らの記憶、或いは経験に似たものとして組み込んでいる。
 「同じ竜族でも唱竜と関わる機会は少ない。各部族を取り纏める族長か、余程竜族の形態に精通した者で無ければ唱竜という部族さえ知らぬ筈だ。何時、何処で、お前はその存在を知った?」
 問いには答えず、ただ頬笑みを浮かべたままの彼女。この時点での応答とはせずに、まだ此方の意見を聞きたいとでも言いたげな様子だ。
 ならばと、肺に残っていた息を吐き出し新鮮な空気を深く吸い込む。
 「お前の動き、その根底にあるものに触れた時、理解した。竜族の格闘術に師は無くその全てが我流だ。一つの所作が似ていたとしても呼吸法、間合い取り、打撃の型、全てが合致する事は有り得ない。無論、我の術式、型式共に伝授した覚えは無い。ならば何故、お前が我と全く同じ動きをするのか?考えられる事は一つ、お前が、この動きを只の知識では無い記憶として有しているという事だ」
 「確かに辻褄は合う様にも聴こえますの。しかし、どうでしょう?」
 艶を乗せた声が飛ぶ。
 窺う様な無邪気な瞳を向け、彼女は新たな音色を紡ぎ出した。
 「貴方が気付かぬ内に盗んだのかも知れませんのよ?姿を変え無垢な一般市民として近付いた際に貴方の動きを模倣し、完全に身に付けたか、或いは貴方の妹君と接触しその動きを身に付けた後、更に洗練させた結果貴方の動きを間接的に会得したとは考えられませんの?何しろ妹君は竜族の地に在らず、連合軍と接触し身を寄せているのですから」
 「――――」
 対する言葉は出なかった。
 (今……何と?)
 思考が一瞬止まる。再び思考が動き始めた時、彼女の言葉は暴力的な濁流となり襲い掛かってきた。
 疑念は形を持ち、声として流れ出た。
 「ノーヴィーが今、人族の地に?」
 「動揺なさっていますの?動揺なさっていますわね?ああ、その困惑した顔もとても可愛らしいですのよ。思わず、こう、きゅっと抱き締めて差し上げたくなる程に」
 彼女は笑みを濃くし、からかう様な瞳を向けた。
 「馬鹿な、あの華奢な体で行軍では無いと言えこれだけの距離を一人で歩いたとでも?奴の事だ、地図を持たずに出立したという事は無いだろうがよく迷わずに、いや無事に辿り付けたものだ」
 「とっても素敵に混乱なさってますけれど、方向性が少しばかり間違ってませんの?親馬鹿というか妹馬鹿状態に陥っていますのよ」
 「いやそもそも奴が飛び出してくるという事は相当固い決意が有ったに違いない、其処まで追い詰めていたというのか?何故気付けなか、っ……!」
 溢れ出る疑念は堰き止められた。凍て付いた刃の様なものが頬を撫で、意識を戦場へと引き戻す。
 だが眼前の彼女は身動き一つせず、頬笑みを湛えているだけだ。
 クク、と喉を鳴らしながら彼女は眼を細める。
 「御心配無く、殺傷力を持たない只の魔力ですのよ。考える事に夢中でちっとも私を見て下さらない貴方へのちょっとした悪戯ですの」
 そう言うと彼女はまた愛おしげに此方へ柔らかな頬笑みを向ける。
 彼女の魔力は、頬だけでなく頭も冷やしてくれたようだ。
 (何故、魔力を放つ必要があった?)
 意識は戦場に無く思考の宮へと移っていた。ならばその隙を突き大剣を振るう事も出来た筈だ。対峙して解る通り、彼女程の技量があれば此方の反応より速く大剣を突き立てる事も可能だった。
 しかし、彼女は魔力を放ち――其も殺傷力を持たない魔力で――意識を現実へと引き戻させた。
 威嚇や警告であるのなら、多少なりとも力を持たせ付けた傷に意味を持たせるのが普通だ。だが彼女は魔力を散逸させ、其こそ只気付いてもらう為だけに&った節がある。
 此方の疑念を感じ取ったのだろう。彼女は突き刺した大剣に凭れ掛かり、挑発する様に科を作る。
 「私は最初≠ノ言いましたのよ?貴方を頂いて行く、と」
 一点の曇りも無い晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、試す様な視線を此方に向ける。仕掛けた謎々の種に親が気付いてくれるのかを、期待を込めて見上げる子供の様に。
 胸中に更なる疑問が浮かんだ。
 (彼女は言った。我を頂く、と。其はつまり、我の死を欲しているという事では無いのか?或いは我の身柄を拘束し、この戦いの勝利を決定付けるという事では無いのか?)
 確実に葬る機会は有った。しかし、彼女が放ったのは刃では無い。
 単に恨み辛みや憎悪を以て相対したのならば、その様な行動はしない。
 ならば、何故?その疑問が答えを求めて脳内を駆け巡っていた。
 そしてもう一つ、
 (何故最初≠ニいう言葉を強調した?)
 恐らく彼女は其処に何らかの意図を込めた。其も、思考の助け船、或いは核心に近いものを。
 一体彼女は何を伝えようとしているのか。
 もう一度、彼女に意識を向ける。と、単に視界として捉えているのでは無く観られていると感じ取ったのか、彼女は悩ましげに肢体をくねらせた。
 彼女が動く時に一切の無駄や隙は生じない。にも関わらず、此方を誘う動きを見せる時、彼女は無防備な姿を曝け出す。
 この場を戦場と考えるのなら、不可解な行動だ。戦術としての優位性は皆無であり、此方の動きを誘導する誘い水としても弊害が多く不適格だ。しかし彼女は一貫してその行為を繰り返す。
 不可解序でに言えば、此方を誘惑する姿勢も謎めいている。
 何故死を望む相手に誘う素振りを見せるのか。誘う仕草一つ一つは妖艶であるのに、全体を見ると何かが欠けた印象を受けるのは何故か。
 (……謎だらけだな。言葉を重ねる毎に疑念は増え、理解したのは一つ。其も確信はあって確証は無いという極めて矛盾したものだ)
 深く息を吸い込み、吐く。
 余計な疑念を追い出し、思考を簡略化させる。
 現状に於いて最優先で考えなければいけない事は、彼女は退ける必要のある敵として相対している、その事実だ。
 「あん、その澄んだ眼差しも凛々しくて素敵ですのよ。私の心まで射抜かれてしまいそうですの」
 赤らめた頬に両手を当て、身をくねらせる彼女。
 相変わらず無防備なその体躯に身を寄せた。上半身は動かさず右足の踵に全体重を乗せ、踏み抜く。
 長距離を移動するには向かないが極僅かな距離を詰める際、相手の知覚を騙し反応を遅らせる事が出来る歩法だ。
 最初の一歩で充分だ。手を伸ばせば届く距離に彼女がいる。左足を地に乗せ軸とし、勢いのままに右半身を押し込む。
 掌打は何物にも阻まれる事無く真っ直ぐ鳩尾へと向かう。
 彼女の瞳が其を捉えるが、もう遅い。
 合金すら貫く威力を持った右手が胸元へ伸び、
 「――何?」
 何の手応えも返さぬまま空を切った。
 
 
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