「痛いぞ、リィヴィィ」
 「喧しい。大人しく治療を受けろ、痴れ者め」
 私の放った打撃で予想以上に損傷を受けた彼の内蔵を、治癒術式で治療していく。
 普段攻撃を避ける事に専念している分、彼の肉体は打たれ弱い様だ。
 『ヴィノ、打たれ弱い?』
 『強いのに弱い?』
 『ヴィノ、実は弱い?』
 心配そうに経過を見詰める彼女達だが、案外言っている事は酷い。
 無垢というのは存外、残酷なものなのかも知れない。
 沈んだヴィノを引き揚げる時に『ヴィノ、意識ない』『息してない?してない?』『人工呼吸、必要?』『ヴィノと、ちゅー?』『じゃーんけーん……』等と妙な盛り上がりを見せる彼女達を落ち着け、腹に拳を入れ叩き起こしたのがつい先程。
 「全く、同胞の治療もそこそこに彼女達と戯れるとは……道士としての自覚が足りん」
 「そう言うな。彼女達が望んだ対価なのだからな」
 何?と訝しげな視線を向ける。
 時折堰き込んでは口の端から泉の水を吐き出しながら、彼は涼しげな表情で答えた。
 「出撃前に手紙を書いたが、一通は彼女達の協力を得る為に出した。あの場で彼女達が現れなければ、戦況は其程までには傾かなかっただろう」
 『手紙、貰った』
 一人の少女が懐から白い紙を取り出した。
 成程、彼女達に協力を求める書面だったのか。と、其処まで考えて自分の思考が如何に可笑しなものか気付く。
 「いや、待て。手紙を出す必要はあったのか?彼女達の住処が此処なら直接会いに来れば良かったのだろう?」
 当然の疑問に何人かの同胞も頷く。
 その疑問に答えたのはヴィノでは無く、手紙を持った少女だった。
 『これ、本当は手紙じゃない。正しくは、契約書』
 「契約書?」
 少女は私に紙を差し出した。受け取り文面を追ってみると、大体以下の様な事が書かれていた。
 「此度の戦闘に於いて貴女方森の人≠戦列に加える。この対価としてヴィノ・ユーノクラインは貴女方の新たな住居を提供すると共に何か一つ御願いを聞き入れる事を了承する……?」
 「相当端折ったが、概ねその様な事だ」
 呆れを通り越して憐れに思えてきた感情を乗せて彼を見やる。
 「あのな、道士殿。お前は契約書として最低限有するべき体裁すら知らんのか?何だこの御願い事≠ニは。曖昧にも程があるぞ」
 「そう言うな。その文面は彼女達が望んだのだ。余り硬い文章になるよりはその方がより温かみが有っていい、と」
 「……なら、いいか。其と、この森の人≠ニいうのは」
 「彼女達の呼び名だ。人間の言う禍人%凾ニいう蔑称よりは数段いいと自負している」
 珍しく彼が言葉に自信を滲ませて言う。確かに三種族とも違った特徴を持つ彼女達を人間の突然変異≠ニするよりは別種の新種族≠ニ捉えた方がいいのだろう。
 森に住み自然と共に生きる彼女達を森の人≠ニ称するとは、中々情緒が有って良い。
 ならば、と咳払いを一つ。契約書を少女に返し、彼に問い掛けた。
 「もう一通の手紙とやらは何処へ送った?」
 「あれか」
 またもや珍しい事に、今度は言い淀む彼。それも、勿体ぶった風ではなくどう言葉を紡ぐか探している様な雰囲気を纏って。
 「まさか恋文の類ではなかろうな?」
 「ほっほっほ。異性に宛てた、という点では同じかも知れませぬなぁ」
 答えは意外な所から返ってきた。
 その場に居るほぼ全員がヴィノに背を向け、背後の老竜を見る。
 ヴィノは辟易した様子で老竜を諌める。
 「ヴァレンティン」
 「ほっほっほ。何、こうして茶化した方が道士殿も勢いに任せて話し易いのでは無いかと思いましてな」
 「もう少し言い方を変えてくれまいか。態々煽って如何とする」
 二人の遣り取りで、手紙の内容がそういったものでは無いと解る。が、異性に宛てたというのは本当の様だ。
 煽るだけ煽った老竜は背にした大樹に凭れ掛かり、ヴィノが話し出すのをじっと待っている。
 皆の視線が自分へ戻ったのを感じ、彼は嘆息を漏らした。但し表情は変えずに。
 「あれはノーヴィーに宛てたものだ」
 それを聞いた者の反応は二つ。
 相変わらず妹君には甘い、と評するのは若い竜達。ノーヴィー?と疑問符を浮かべるのは彼女達。
 若干彼を取り巻く空気は弛緩したが、私は妙な引っ掛かりを覚えていた。
 (妹君に宛てたという手紙、果たして文面通りのものなのだろうか?老士が御膳立てせねば口に出来ん様な事が、只妹君に宛てただけとは考えにくい。……後で問い質してみるか)
 私の疑念を知ってか知らずか、彼は少女の一人から受け取ったナヤの実を美味しそうに嚥下していた。
 一粒飲み込む毎に彼の魔力が増幅していくのが解る。
 ナヤの実には魔力回復の効能もあるのだ。
 其処でふと思い出した。
 (あの金髪の妙な女……!)
 突然襲い掛かって来たかと思えば私は眼中に無いと言い、相対したヴィノは子細を告げず私を陣営に戻した。
 何やら通じ合うものが有った様だが、だからといって全てを流して終える程私は能天気では無い。
 後方から戦いを覗いてみたが、その動きは圧巻の一言に尽きた。
 戦いの最中に彼から表情が消え、何度も彼を出し抜き、しかし彼女は遊んでいたのだ。
 仮に彼女が本気で我等竜族に刃を向けたなら、どの軍隊にも勝る強大な敵となる事は疑う余地が無い。
 見た所彼女は如何やら彼に好意を抱いている様子。この際籠絡するなり手篭めにするなりして自陣へ引き込んで貰いたい。
 静かに闘志の炎を燃やしながら意識を現実へ戻すと、彼は二人の少女に手を突き出されていた。その後ろには、是また列を成した少女達が胸を躍らせながら順番を待っている。
 何を、と思った矢先、二人の少女はやや無感情な声を上げた。
 『あーん』
 『あーん』
 取り敢えず手近に落ちていた小石を拾い上げ彼に向かって投擲した。
 鈍い音を上げ彼の頭が沈む。
 こめかみの丁度良い位置に命中した様だ。
 幾分気が晴れた私も隣に座っていた少女からナヤの実を受け取り、数粒を纏めて口へ運ぶ。
 豪快に咀嚼していると隣の少女が不思議そうに私を見上げ、
 『嫉妬?』
 「ぶふぅぅぅぅっ」
 盛大に噴いた。
 勢い余って鼻の方へ上がったナヤの実が途中で引っ掛かり、特有の微かな酸味が激痛を呼ぶ。
 思い切り堰き込む私を心配そうに見上げたまま、少女は次の句を継いだ。
 『独占欲?』
 「げほ、げほっ、ぐふっ」
 「はしたないぞリィヴィィ。もう少し落ち着いて食べぐっ」
 余計な事を言うヴィノを手近に有った拳大の石で黙らせ、呼吸を整える。
 涙が薄く滲んでいるのを袖で拭う。
 「はぁ、はぁ……げほっ、いきなり何を言い出すんだ君は」
 隣の少女へ視線を向けると、少女は困った様に首を捻った。
 恐らく自身の考えを的確に表す言葉が見付からないのだろう。また何か言われる前に否定しておこうとした所へ、先程の手紙を持った少女が口を開いた。
 『微妙な乙女心』
 「乙っ……!?ち、違う!」
 予想だにしていなかった解答に思わず声が上ずってしまう。
 そして乙女心という言葉に反応したのか私の周りに少女達が集まって来た。
 『大丈夫。……嫌よ嫌よも好きの内?』
 『照れ屋さん?照れ屋さん?』
 『春がきたー。夏だけど』
 『恋の季節は女の子を大胆に。……きゃー』
 望ましくない方向に盛り上がる少女達。
 何だかんだ言っても、矢張りそう言った事に興味の有る年頃なのだろう。
 だが出来れば標的は別の人にして欲しい所だ。
 籠に残っているナヤの実を頬張りながら天を仰ぐ。
 「今日は厄日か……!」
 木々の隙間から見える空は、何処までも青かった。


第五幕へ

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