――ガーディアンズ・コロニー、粛清課。

 歩き慣れた廊下に靴音が響く。
先程保護した人達を第一級指定居住区画に送り届け、ニューデイズに再び戻ろうとしていた所を
ゲオルギウスに呼び出されたのだ。
 それも、司令室ではなく資料室に。
 まだアルベルトは資料室に足を踏み入れた事が無い。
 各政府の重要な機密書類や門外不出の技術資料等、表沙汰には出来ないような数々の文献が
保管されている為、普段の立ち入りを許可されているのは粛清課でも極一部の人間のみだ。
 『パスコード・入力』
 「Testament.」


――ガーディアンズ・コロニー、粛清課・資料室。

 アルベルトの声に呼応して大きな扉が開く。
中に足を進めると、古紙独特の匂いが鼻に付く。
 「媒体に紙を使っているとは、随分とアナクロですね」
 陳列された本棚の間を縫うように奥へ進むと古びたテーブルがあり、その横で木製の椅子に
腰掛けるゲオルギウスが見えた。
 「お待たせしました、マスター・ゲオルギウス」
 「あぁ、済まなかったな。わざわざこんな場所にまで来てもらって」
 ゲオルギウスは微笑むと椅子に座るよう促す。
腰を降ろすと椅子が小さく軋んだ。
 テーブルの上には湯気が立ち上るカップ。
彼の意趣で彫刻が施されたティーセットに注がれた紅茶が芳醇な香りを立てている。
 「それで用件というのはなんでしょう?」
 「ああ、君には少し用事を頼みたいと思ってな」
そう言うとゲオルギウスは小さなカードを手渡した。
 「G.R.Mに行き、とあるディスクを回収してもらいたい。現地に着けばスタッフが案内してくれるだろう」
 「とてもそれだけで終わる話ではなさそうですね?その程度でしたら態々僕を呼び寄せずに、
手の空いている者を向かわせる筈です」
 懐疑的な瞳を向けるアルベルトに苦笑を洩らす。
 「流石に鋭いな。……向こうに着いたら是非会ってほしい人物がいるのだよ。
優秀な研究者で名をミルヴァス・イェルハルトと言う」
 「イェルハルト……?」
 「彼はフィーの叔父なのだよ。興味深い、それでいて君にとっても重要な話が聴けるだろう」
 「了解です」
それだけ言うとアルベルトは立ち上がり、資料室を後にしようと歩き出す。
 「ああ、待ちたまえ」
呼び止めたゲオルギウスはテーブルの上のティーカップを指差し、
 「飲んで行きたまえ」
 「……いえ、結構です。マスター・ゲオルギウス」
 背後から「やはりココアの方が良かったのか?」と的外れな声が聞こえてきたが、アルベルトは
無視する事にした。


――ガーディアンズ・コロニー、粛清課。

 粛清課に戻ると、休憩室の奥で見慣れたツインテールがひょこひょこと揺れているのが目に入った。
 「あれ〜、確かこの辺に〜」
 何か落としたのか、テーブルの下を覗き込んでいる。
どこか間延びした声の主にアルベルトは呼び掛けた。
 「どうしました、ミニア?」
 「ふぇっ?あいたっ!」
反応して起き上がると同時に頭をテーブルにぶつける。多少鈍い音が響いたが大丈夫だろう。
 「うぅ〜、いたぁい……」
 涙目になり頭を擦りつつ立ち上がる少女。
片方の手にはオレンジ色の飴玉が握られている。
 少女の名はMinia。粛清課に所属するただ一人のキャストである。
 彼女はこの粛清課には似つかわしくない凡人である。
 大抵粛清課に配属された人物というのは(アルベルト本人も含めて)どこか変わった、
一般人とはどこかかけ離れた性格や思想を持っている。
 が、彼女はごく一般的な良識を持った普通のガーディアンズである。
 多少とぼけたところのあるおっとりとした性格ではあるが、
面倒見が良く誰にでも穏やかに接する心優しき少女だ。
 ここに配属された理由というのも…
 『一人くらい普通の人間が居ないと粛清課に所属するガーディアンズの精神がおかしくなる』
との理由で今年度に入隊したガーディアンズの中から無作為に選ばれた、という一風変わった
遍歴の持ち主である。
 普段はお茶汲みや書類整理等の雑務をこなすマスコットキャラだ。
 その愛くるしい容姿と癒し系な性格から、隠れファンが多いとの噂もある。
 「あ、アル〜。これからまたお仕事?」
 「ええ、パルムへ」
 「そっか〜、頑張ってね」
 にへら、と甘ったるい笑みを浮かべるMinia。
 「おみやげ買ってきてね〜」
 「遊びに行く訳ではないのですが」
 「ぷぅぷぅ〜」
 頬を膨らませて抗議するが、アルベルトは溜息を吐いただけでそそくさと粛清課を後にする。
 「あぁ〜、無視したぁ〜!はくじょぉもの〜、おバカ〜!」
非難の声を背中に受ける。
 何故粛清課には自由な人しか居ないのだろうか、とアルベルトは頭を捻る。
それでいて問題は迅速に解決出来るのだから能力は高いに違いない。
 「……もう少し常識のある人材は居ないものでしょうかね」
恐らく居ないだろう。
 先程より少し深い溜息を吐き、アルベルトはステーションに向かった。


――パルム・G.R.M本社、イェルハルト専用ラボ。

 「システムチェック完了、各部駆動状況オールグリーン。メイン出力は95%キープ……上出来だな」
 メインコンピューターの前で忙しなくキーを叩き続ける白衣の男。
 白髪交じりの黒髪に燃えるような紅い瞳。
やや細身の肉体は初老とは思えぬ程に鍛え上げられており、彼が一介の科学者では
無い事が窺える。
 「データ転送終了、コンプリート」
 やや薄暗い部屋の奥に、青白い光に照らされる調整槽。その中に少女は居た。
透き通るような淡い金髪。肩にかかる長さの髪がゆらゆらと漂う。
 どこか幼さが残る顔は美術品と見間違う程に美しい。
肌の質感やキメ細かさ等はとても人工皮膚とは思えない精巧な作りだ。
 かろうじて彼女がキャストであると判るのは、左右にある小さな集音機
――所謂ロボット耳が見えているからだ。
 キャスト特有のパーツの繋ぎ目も一目では分からないように加工が施されており、
見た目はヒューマンとなんら変わりない。
 彼がキーを弾くと調整槽からゆっくりとナノマシンが排出され、前面の部位が扉のように開く。
 少女の意識が覚醒すると同時、ナノトランスが起動して衣服が纏われる。
 紅のワイシャツに紺色のジーンズ、腰元から足首の辺りまで伸びた黒いコートスカート。
そして足首をしっかりと支える耐久性、柔軟性に優れた紅のスニーカー。
その全てに市販されているメーカー品のロゴが無く、彼女の為に作らせた特注品であると思われる。
 少女は目を開いた。
 澄んだ青い双眸が自分の居場所を確かめるように動く。
 「気分はどうだね、ユファ
 白衣の男が少女の名前を呼ぶ。
 とことこ、と調整槽から降り白衣の男の前に立つ少女。
 にへ〜と無邪気な――悪く言えば締まりの無い笑みを浮かべ、透き通った甘い声を上げる。
 「おはようです〜。なんだか体が軽いんですよぉ」
 その答えを予想していたのか、白衣の男は説明を始めた。
 「今回の処置ではお前をヒューマンとほとんど変わらぬ素体にインプットしたのだよ。
特殊なシステムとリアクターを使った事で以前より運動性・耐久性・持続性等が大幅に強化されている。
そして今回特筆すべきは何と言ってもその素体だ。新素材や特殊回路をふんだんに使ったからな、
見た目は勿論の事肌触りや体温までも忠実に再現されている。
 それとフィーからの強い要望で神経回路にある要素を追加しておいた。
……詳しい事はその内解るだろう、しかしフィーもまたアブノーマルな性癖を持つようになったものだ。
やはり奴は生まれてくる性別を間違えたとしか考えられんな」
 「ミルヴァス博士〜」
少し困った顔のユファが見上げている。
 「お話がちょっと長いですよぉ」
 「む、そうか。どうも研究関連の話になると年甲斐もなく熱くなってしまうみたいでな」
 フォォン……とブラウザの起動音が響き、青年の姿が映し出される。
 やや長身で細身のヒューマン。見た目は若いがどこか大人びた知的な雰囲気を醸し出している。
青年の顔を値踏みするように眺め、ミルヴァスは呟いた。
 「来たか、ゲオルギウスの鞘が」
ディスプレイ横に取り付けられたスピーカーから無機質なアナウンスが流れる。
 『イェルハルト博士、ガーディアンズの方が御見えです』
 「ああ、私のオフィスに通してくれ」
 「うにゅ、お客さんですか?」
 首をかしげるユファの頭にぽん、と手を載せる。
 「時が動くぞ、穏やかに……しかし非情にな」
 「ほぇほぇ?」
 「さて、ついて来なさいユファ」
 含むところがあるかのように言い、目を細めるミルヴァス。
表情からはどの感情も読み取れない。
多少の戸惑いを覚えつつ、ユファはその後ろ姿を追った。


――同時刻、ニューデイズ・ミズラギ保護区。

 「っと、ここも制圧完了かしらね?」
 紫色の体液を迸らせながら蹲るSEED。
 突然襲来したSEEDの大軍に、成す術もなく退却する教団警護士隊。
 見過ごす訳にも行かず手助けしたのが失敗と言うべきか、
その圧倒的な強さを買われて各隊の救援に向かってくれと依頼されてしまった。
 既に500を超えるSEEDや原住生物を葬ってきたが、
どうやら敵はこちらの予想を超える速さでその数を増やしているらしい。
 「すまん、助かったよ」
 年配の警護士がレスタを発動させ、フィーの傷を癒す。
といっても、せいぜい掠り傷くらいしか負っていないのだが。
 「やれやれ、仮にも幻視の巫女を守る立場にある警護士がたかがSEED如きに逃げ惑うとはねぇ?」
 「面目ない。それにしてもお前さん強いな、他のガーディアンズとは一線を画す実力だよ」
 「褒めたって何も出ないわよ」
 とはいえニューデイズに出動したガーディアンズの大半もSEEDと原住生物に押され、
芳しくない状況に立たされているらしい。
 先程から通常回線では引っ切り無しに救援を求める声や断末魔が上がり、
阿鼻叫喚の様子が窺える。
 困った事にフィーの通信機は特別製で、グラール太陽系内であればほぼ全ての場所で通信が
可能になっている。その為、非常にクリーンな音声で悲鳴が耳に入ってくるのだ。
 早々に受信周波を切り替えた為、今はフィーの好きな音楽が端末から流れている。
 「ここのエリアはクリア……これで同盟軍、ガーディアンズ、教団をそれぞれ7つ救出と。
これでボランティアっていうんだから私も余程の善人よねぇ……そのうち私のファンクラブでも
出来ないかしら?」
溜息交じりに一息吐いた時、粛清課から通信が入る。
 『調子はどうかね、フィー?』
 「最新スコアは545よ。そろそろ1UPしそうな気がしてきたわ」
 『有給休暇に+4日付けておこう。そして新たな任務だ、フィー・イェルハルト。そこから東にレリクスが
あるのだが、レリクス内部に逃げ込んだ一般人を追って原住生物が侵入したらしい』
 「……その有給休暇は今使えるのかしら?」
 『使っても構わんよ、罪無き一般人を見捨てられるのならな』
 プッ、と通信が一方的に切られる。
 「いつから私は何でも屋に鞍替えしたのかしら……」
 もはや怒りさえ湧かず、深い溜息を零す。
と、年配の警護士がぽんぽんと肩を叩いた。
 「お前さんも苦労しとるな」
 「貴方とはいいお酒が飲めそうだわ……」
 腹いせにSEEDの死骸を蹴り飛ばし、フィーは足を進めた。
 ここ一時間程でミズラギ保護区は地獄と化した。
SEEDの影響か、辺りはすっかり氷の世界だ。
 ちらちらと空を舞っているのは雪では無く空気中の水蒸気が凍った結晶、ダイヤモンドダストだ。
陽光を反射させキラキラと輝く様は幻想的だが、今はのんびりと眺めている暇が無い。
 「随分な浸食具合ね」
 凍り付いた葉を一枚手に取ると、ほろりと崩れ落ちる。
 この辺りは紅葉の名所として知られ鮮やかな山の木々が来訪者を出迎えてくれるのだが、
今の山は音さえも凍り付いてしまったかのように静まり返り、生の鼓動を感じさせない。
 霜柱を踏みしめながら先へ進むと開けた場所に出た。
 原住生物の死骸が幾重にも転がっている。
その横には犠牲となった同盟軍の兵士や教団警護士が倒れている。
 「酷いものね……見知った顔だけは見付けたくないものだわ」
 軽く一瞥し、足早に通り過ぎる。
 ギュィィィィィィ……!!
 遠くからSEEDの嘶きが響く。どうやら閧の声でも上げているつもりらしい。
 「マズイわね、あの声はレリクスの方角からだわ」
嫌な予感というものは須く当たる。
 レリクスの前では多数のSEEDが蠢いている。
 フィーが到着した時には入口の防衛隊は破られ、多数のエネミーが内部に侵入した形跡があった。
 「ギュギュギュ……」
 イヤラしい声を上げながら死に絶えたニューマンの体を切り裂くSEED。
 恐らく一般人を守っていたガーディアンズだろう。
空を見るその眼に生気は無く、黒い血が地面に流れ凍っていく。
 「ふざけた真似を……!」
 クレアセイバーを片手にSEEDの群れに突っ込む。
 こちらに気付いたデルジャバンが両手を振り上げ威嚇する。
正面から突進するフィーの頭を狙い勢いよく振り下ろす。
 「ギィィィッ!!」
 「遅いわ!」
 身を捻り紙一重で避け、その勢いのまま背後に回り込む。
急に標的が眼前から消えた事に呆けるデルジャバンを袈裟切りに断つ。
 「ギィィッ!」
 的確に急所を捉えた斬撃、しかし致命傷とはならない。
 「チッ、出力が安定しないわ。ならこれで!」
 ブリュミエールを取り出し、クレアセイバーを薙いだまま左手で突き刺す。
 通常全ての片手武器は右手用の調整が施されており、
両手に装備出来るタイプの物は幾分か出力を落として使用されている。
 これはほとんどの種族が右利きである事も理由の一つだが、右手と左手では扱える
フォトンの性質に若干の差があり、右手用に調整された武器を左手で扱うと生体フォトンと
武器フォトンの増加的干渉が発生する為、使用者の肉体に強烈なフォトンエネルギーが流れ込む。
それを防ぐ目的で両手武器の内、適正の無い方の腕で扱う物はフォトンが発する波の位相を
ずらす為に出力を抑えてあるのだ。
 「せぁぁぁぁっ!」
 裂帛の気合と共に切り抜く。
 体をわなわなと震わせ音もなく崩れ落ちるデルジャバン。
 「次はどいつから死にたいのかしら?」
 だが逆流したフォトンエネルギーの影響をフィーは受けていない。
 いや、そもそもフィーの体にフォトンエネルギーは流れ込んでいないのだ。
 特異体質というべきか、フィーは腕の左右で扱うフォトンの性質が全く変わらない。
その為フィーは武器を左右の隔たり無く扱う事が出来る。
 「祈る暇さえ与えずに葬ってあげるわ」
 クレアセイバーを格納し、ブリュミエールをもう一振り出す。
一斉に群がるベル・パノンの集団。
 フィーは妖艶に微笑むと両腕を伸ばし、体を縦方向に回転させながらベル・パノンを切り刻む。
回転の外側に向けられたフォトンの刃がベル・パノンの中心を的確に捉える。
 連廻舞踊斬(レンカイブヨウザン)の変則型とでもいう攻撃は、その特性から更に威力を増している。
ものの数秒で、10を超える数のSEEDが屍と化した。
 フォォォォォ……ンと鳴くブリュミエールをしまうと、どっと疲れが出る。
 額には珠のような汗が光り、顎から滴り落ちた雫は地面に着く前に結晶へと姿を変える。
 「流石にこの技は負担が大きいわね」
 涼しげに笑うフィーだが、その顔に僅かながら疲労が浮かんでいる。
 「さて、入口は制圧したけど……私が到着するまで耐えていてくれる事を願うばかりだわ」
不気味な程に静まり返ったレリクス。
 その内部へと、フィーは駆け抜けた。


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