――ガーディアンズ・コロニー、粛清課・居住区画。

 「……こうしてDOUMO−9は心を入れ替え、
みんなと楽しく鍋パーティーを始めました。おしまいおしまい〜」
 パタン、と本を閉じる。


ここはフィーのマイルーム。

 粛清課のメンバー、またそれらに関わる者は特例として粛清課が所有する居住区画で生活している。
 膨大な人数を抱える通常のガーディアンズと違い、
粛清課は独自の管轄で動いている為生活面はかなり優遇されている。
食事等の生活費、ジム等の施設使用料、雑貨の購入等の娯楽費…
その全てが無料となっているのだ。
 個人に割り当てられる部屋も豪華であり、フィーの意向で質素な部屋を与えられているが、
それでもこのルームは5LDKの広さである。
 とはいえ、ほとんどの住人は居間と寝室のみを使い慎ましい生活を送ってはいるが。
 フィーが任務で出かけている間は妹として創られたキャストであるユファ、
そして新しく家族として迎え入れられたソロルが留守を預かっている。
 今はユファがソロルに絵本を読んで聞かせていたところだ。
 なんでもここに来る途中、強い衝撃を受けCPUやメモリ領域
――人間でいう脳にダメージを受けてほぼ幼児化しているらしい。
その世話と遊び相手をユファが買って出たという訳だ。
 「鍋パーティー……じゅるり」
 「わわ、ソロルさんよだれ出てますよ」
ティッシュで口元を拭うユファに、ソロルは目を向ける。
 「晩御飯はまだですか?」
 「まだ朝の10時ですよ〜。それにさっき朝御飯食べたじゃないですか、
  しかもご飯7杯もおかわりして」
 食欲魔人と一部で評判のソロルは以前買い置きしてあった食糧を3日で平らげるという
偉業を成し遂げており、次の日ユファは朝一番で買い出しに走るハメになったのだ。
 料理好きな性格が祟ってか、事料理に関してはフィーと二人きりだった頃と比べて
3倍以上の労力がかかっている。
 それでも一週間に3日程外食を挟んでいる事から、如何に料理の量が半端ではないかが窺える。
 また食事の時間は大体決まっている為お昼から夕方にかけては、
常にソロルのお腹から楽しげな音が聞こえる。
恐らく腹の虫達がキャンプファイヤーでもしているのだろう。
 余りおやつは健康面から食べさせたくないので、いつも特大おにぎりがラップに巻かれて
テーブルを占拠している。
 「んぅ〜」
ソロルはトコトコとテーブルに向かい、おにぎりを頬張った。
 「もぎゅもぎゅ」
 「わわ、一口で食べたら喉に詰まりますよぉ」
慌ててユファがコップにお茶を注ぐ。
 「ごきゅごきゅ」
 「一口で飲んだらしゃっくり出ますよぉ」
 元々世話好きなところもあり、監視役(保護者兼友人)としては申し分無い働きをするユファ。
 一応ソロルの方が年上であるはずなのだが…
傍から見ているとどちらがお姉さんなのか全く分からない。
 と、部屋に置いてあったアンティークの時計がジリリリリと音を立てる。
 「あ、ほら、時間ですよー」
 「んに?」
 「おにぎりは持って行ってもいいですけど、検査中は食べちゃダメですよ?」
 ソロルがここに来てからは一週間に一回、メモリの修復作業や素体のメンテナンス等が
行われる。
 修復には破損した部分のデータを特殊なツールを用いて解析するのだが、
ソロル本人のデータを常フィードバックする必要がある為、その間の時間でメンテナンスを行う。
 メンテナンスと言っても歯に挟まっている海苔を取ったり歯に挟まっているとうもろこしを取ったり
歯に挟まっているタマネギを取ったりする訳だが。
 「毎日丁寧にハミガキしないとダメですよぅ?でないと恥ずかしいですよー」
 「ちゃんとしてるよ?もぐもぐもぐもぐ」
 「食べる回数にハミガキが追い付いてないですっ」
困った笑みを浮かべて、ユファは両手いっぱいにおにぎりを抱えるソロルを研究所へと連れて行った。


――粛清課・仮想訓練室。

 ソロルを送り届けたユファは研究室からそう遠くない仮想訓練室にいた。
ここでは現地で得られた最新の情報をフィードバックしSEEDとの戦闘を想定した訓練が行える。
 データの入力さえされたなら自分自身を対象とした戦闘を繰り広げる事も可能であり、
自分の癖や弱点を見つけ克服する為にベテランの粛清課メンバーも度々利用している。
 見た目は広く何も無い殺風景な部屋だが戦場データを入力する事で様々な地形が構築され、
実在する空間と同じ状況下を設定出来る。
 『チェック完了。仮想空間内の粒子データ、想定値以内で安定』
 「準備はいいかなユファ君?」
スピーカーを通してゲオルギウスの声が室内に響く。
 「はい、だいじょぉぶですよー」
 「リラックスしているようで何より。では始めよう」
 『データ入力完了。モード:探索、起動』
 フォォォ……ン、という起動音と共に周囲の景色が一変する。
フォトンにより構築された擬似空間が形となり、パルムの草原地帯が映し出される。
 「わー、凄いですねぇ。あ、ちょうちょー」
 「そこに在る物は全てが物体として構築されている。まぁ本物として考えてもらって構わんよ」
 「ほぇほぇ〜」
 「さて、では先ずゴーグルの使い方をおさらいしよう。
  周囲にSEEDに侵食された植物が隠れているから、5つ見付け出してくれたまえ」
 「はぁーぃ」
元気に返事をしてゴーグルを構える。
 粛清課のゴーグルは用途によって機能を使い分ける事が可能であり
一般的に普及しているタイプのものより更に正確な観測が出来る。
 暫く辺りを探してみると不自然に一部が肥大化している蔦を見付けた。
さっそく覗くと、蔦植物内のメギフォトン粒子濃度が極端に高くなっている。
 「なんか真っ黒な炎みたいのが見えるですー」
 「それはメギフォトンが大気中に圧縮放出されているのをビジョン化したものだよ。
  SEEDに侵食された物質はメギフォトンが大量に生成されるという性質があるのか、
  異常成長を遂げる生物が多いのでね。
  違和感を覚えるようならゴーグルを翳してみるといい」
 「ほぇほぇ〜」
 「……どうでもいいがかわいいな」
 「わぅ?」
 「いや、なんでもない。さぁ、続きを」
 言われた通り変だと思う場所を調べてみると次々に侵食された植物を発見出来た。
 「5つ見付けましたー」
 「よろしい。中々良い成績だな、流石フィーの妹だ。では次のステップに移ろう」
 『探索モード:終了。戦闘モードに移行』
 新たに周囲の風景が構築される。映し出されたのは焔に煙るパルムの高原地域だ。
 「バンフォトンに酷似した因子を持つSEEDが地上に落下したという想定だ。
  仮想空間とはいえ、迂闊に炎に触れると火傷をする。充分に気を付けたまえ」
その言葉が終わり切らぬうちに、パノンの群れが現れる。
 「おー、これがSEEDなんですねぇ」
 「一番弱いタイプのものだが、油断は禁物だ。
  そうだな……よし、無傷で倒せるだけ倒してみたまえ。
  一撃でも攻撃を受けたらそこで終了だ」
 「でも武器が無いですよぅ?」
 「ああ、すまない」
 ユファの目の前に転送されてきたコンテナが置かれ、多種多様な武器がセットされる。
 「どれでも好きな物を使いたまえ。
  君でも扱い易いように調整はしてあるが、各武器のクセを見抜き
  自分に最も合った物を選ぶのがいいだろう。
  ちなみにこれまでの最高記録はアルベルト君の512体だ」
 「んぅ〜」
ユファは感触を確かめるようにグリップを握っている。
 「うん、決まりました」
 「それでは開始しよう。緊張せずに頑張りたまえ」
  パノン達が、さも今気付いたかのようにこちらに向かって来る。
パシュン!と風切音を伴ったフォトンの矢がパノンに突き刺さる。
クロスボウで左側のパノンを倒しつつ、右手に構えたダガーを薙ぐ。
そのまま体を横回転させ、舞うように周囲に斬り付ける。
 離れたところに出現したデルセバンには左右のハンドガンで近付く隙さえ与えぬまま葬りさる。
両手を交差させ曲芸のようにフォトンの雨を降らせるユファを背後に出現したセンディランが取り囲む。
 「えいやっ」
 裂帛の声(やや間延びした声ではあるが)を放ち、取り出したダブルセイバーをうねらせる。
重力を無視したかのような動きについて来れる筈もなく次々とセンディランは地面に崩れ落ちる。
 「っ、わわっ!?」
態勢を崩しながら右に体を飛ばす。
 一瞬の後、ユファがいた場所を毒弾が襲う。
 燃え盛る炎の向こう、陽炎に揺らめく視界の先に大型のエネミーであるSEED・ヴィタスが
その巨体をくねらせている。
 「んにゅぅ〜……ぺっぺっ」
着地に失敗して顔から突っ込んだのか、ユファは口の中に入った土を吐き出している。
 「んぅ!?」
 勢いよく転がりその場を離れる。
 ユファの動きを追うように地面から触手が突き出る。
ギィギィとせせら笑うヴィタス。
 「むぅ〜、このエネミーきらい〜」
 「それは先日発見された新種のSEEDだ。
  強力な攻撃を仕掛けてくるが、移動出来ないという弱点を持っている。さて、どう戦うかね?」
 「移動出来ない……ふふ〜、いい事思いつきました」
 ゴーグルで炎の向こう側にいる姿を確認すると、ユファはソードを取り出す。
 「わぁ!?」
が、予想以上の重さにバランスを崩す。
 飛んでくる毒弾をフォトンの刃で弾き返しながら、ユファはヴィタスがこちらの思惑通りに動くのを待つ。
痺れを切らしたのか、ヴィタスは地面に触手を突き立てる。
 「とぅっ!」
 触手が突き出るより僅かに速く、ユファはその場を離れる。地面にソードを突き刺したまま。
突き出た触手がソードを空高く跳ねあげる。
 武器を失わせたと考えたのか、ヴィタスはニタニタと笑うように花弁を歪ませる。
が、ユファは焦るどころかにっこりと微笑んだ。
 次の瞬間、ヴィタスの中心に深々とソードが突き立てられた。
 「ほぅ……触手の勢いを使ってソードを跳ね上げ、自らの力で死へと導いたか。
  それもあの僅かな時間で角度を調整してソードを地面に刺すとは」
 「えへへ〜、成功です」
 「だが、まだエネミーは大量に残っているぞ?気を抜かずに頑張りたまえ」
 「はぁ〜い」
 両手にハンドガンを構え、ユファは次なる敵へと向かっていく。
その様子をモニターで見ながら、ゲオルギウスは呟いた。
 「あの天性の戦闘センス……それにエネミーを倒す事に何の躊躇も無い……
  ミルヴァスはやはりあの計画を実行していたか」



 「ふんふんふ〜ん、ふんふんふ〜ん」
 鼻歌を歌いながらご機嫌な様子でシティ3Fのショッピングモールを歩くユファ。
訓練を終えた彼女は夕飯の買い出しをする為、食品売り場に来ていた。
 「あらユファちゃん、今日は機嫌がいいのね?」
 「えへへ〜、そう見えます?」
店員のお姉さんに笑顔で答え、ユファはショッピングカートを押す。
 ご機嫌の理由は2つある。
 まず、戦闘訓練で歴代2位の成績を出してゲオルギウスに褒められた事。
 もう1つは、その成績がフィーと同数だった事だ。
 フィー大好きっ子のユファとしては追い抜くでも劣るでもなく、
同じ成績を偶然取れたという事が何よりも嬉しいらしい。
 ちなみにソロルは買い物には連れてこない。
一度連れて来た時に店の物を全て食べるという伝説を作り、以来入店禁止令が発布されている。
 今頃は部屋でおにぎり(おかか)を食べながらおにぎり(シャケ)を食べているのだろう。
 「後は〜……あ、コーンも必要かな」
 本日のリクエスト表を見ながらユファは食材を探す。
缶詰売り場で辺りをキョロキョロと見渡すと、一番上の棚に陳列されている。
 「届くかな?んぅ〜……っ」
背伸びして手を伸ばすが、あとちょっとのところで届かない。
何回か取れないか粘っていると、横から手が伸びて缶詰を掴みユファの目の前まで降ろした。
 「ほぇ?」
 手を辿っていくと少年が立っていた。
 漆黒の髪に燃えるような赤い瞳。切れ長で鋭い目は全てを威圧するかのように冷たい光を放っている。
ジャケットもズボンも真っ黒で、どことなく不吉なイメージを与える。
 (なんだろう、心が震える……?)
 全てを燃やし尽くすかのような深い瞳に落ちて行くような錯覚を感じながらもユファは少年の瞳から
視線を逸らせずにいた。
 「……ほら」
 不意に発せられた声に体が震え、意識が現実に戻る。
何の感情も読み取れない声でユファに缶詰を渡す少年。
 「あ、ありが」
 「別に」
缶詰を両手で受け取り、感謝の言葉を伝えようと口を開くがそれより早く少年は歩き出す。
 「あ、あのっ」
足を止め首だけでこちらを振り返る少年。
 (わわ、呼び止めちゃったけどどうしよぅ……?)
 何かを言おうとするが、言葉が出てこない。
まごまごしているユファに、ぼそっと少年は呟く。
 「ここを、去れ」
 「え?」
 それだけ言うと少年は足早にどこかへ去って行ってしまった。
少年が視界から消えたのを頭が理解した途端、全身を今までに感じた事の無いような疲労感が襲う。
 ほぅ、とため息を吐いて缶詰をカートに下ろす。
 「……はわぁ、誰だろ……?あんまり見た事無い人……」
少年が曲がった角の辺りを見ていると、商品の補充をしていた先程の店員がこちらに気付く。
 「ん、どうかしたのユファちゃん?」
 ぼーっとしていたところを店員が見付け歩いてくる。
 「あ、えっとぉ、今男の子に缶詰取ってもらったんですー」
 「ほほー、さっそくユファちゃんの美貌にやられた子が出たかー」
 「今そこでお姉さんとすれ違った子ですよー」
 「へ?」
ニヤニヤしていた店員が間の抜けた顔になる。
 「そこでって……誰もこっち来なかったわよ?」
 「え?でも確かに……」
 「おかしいわねー。あ、ユファちゃんその子に見惚れてぼーっとしてたんじゃないのー?」
 「わ、違うですよー」
店員にからかわれていると突然爆発音と共に大きな揺れが起こる。
 「きゃあっ!?」
 「わわっ!?」
 揺れが収まる頃には辺りに商品が散乱し、遠くの方では悲鳴が上がっている。
 店員を支えて立ち上がらせると同時、緊急事態を知らせるサイレンと赤色灯が鳴り響き
回線から男のアナウンスが流れる。
 『第57格納庫にSEEDが襲来、市民の皆さんは至急避難してください。
  尚避難経路については現地のガーディアンズ・同盟軍が誘導に当たります、急いで避難してください』
 「ちょっと、またSEEDなの!?」
 「先に避難していてください」
 「え、あ、ユファちゃん!」
 店員を残しモールの南東にある荷物搬入路へと走る。
走る途中で見た限りは先程の衝撃以外シティに被害は出ていないようだ。
 「あの付近には一般の小学校が……子ども達が危ない……っ」
 第57格納庫。様々な用途に使われる高濃度フォトンの一部が保管されている場所で、辿り着くには
4Fの搬入口から回り込む必要があるが直線距離はかなり近く、防壁を越えたすぐそこが小学校の
裏手に繋がっている。


時刻は1時半。

 この時間にはまだ子供達が多く残っている。
 最悪の可能性が脳裏を過る。
 搬入口に到着すると懐からIDカードを取り出し、粛清課へ繋がる特設エレベーターに乗り込む。
ピピピ、ピピピ、と通信が入る音が聞こえる。
 以前フィーから送られた通信機からだ。
 『聞こえるかね、ユファ君』
 「あ、ゲオルギウスさん!」
 『放送で聞いた通りだ、早くこちらに戻ってきた方がいいだろう』
ユファは一呼吸置き、ハッキリとした声で言った。
 「ゲオルギウスさん、私を今日付けでガーディアンズに入隊させてください!」
暫くの間があり、通信機からは今まで聞いた事の無い凛とした声が聞こえた。
 『これは訓練では無いのだよ、ユファ・イェルハルト。
  下手をすれば命を落とす事になる。残された者の事を考えたまえ』
 「なら無許可で武器を使用するだけです!私には戦えるだけの力があります。
  それならこの力を誰かを守る為に使いたいんです!」
 『……よろしい、ならば一つ命令させてもらおう。死ぬな、以上だ。
  それと今そちらの位置を確認した、エレベーターを降りたらアルベルト君について行きたまえ』
通信を終えると同時にエレベーターのドアが開く。
 「こちらです、ユファ」
 待っていたアルベルトが先導して通路を走る。
着いた先は格納庫入口前に通じるエレベーター前への転送装置。
 粛清課にはコロニー内のどの場所にも短時間で行けるように転送装置が配備されている。
元々はテロリストの逃走を防ぐ目的で作られたものだが、意外な形で役に立つ事になった。
 途中、アルベルトから装備一式を受け取る。
 「さぁ、全力でお守りさせてもらいますよ。貴女に何かあったらフィーに殺されかねないですからね」
 「えっと……私も出来るだけ頑張りますね」
 フィーを止められるかユファ本人でも自信の持てない辺りがその恐ろしさを物語っている。
 転送された先、搬入口は防衛システムによって閉じられている。
 IDカードを使いアルベルトが扉を開ける。
見たところ異常は無さそうだが、アルベルトは空間の歪みを感じたようだ。
 「ゴーグルを持っていますか?」
 「あ、さっきもらいました〜」
 「かけてみると解りますよ。フォトンサーチモードにしてみてください」
 言われるままにゴーグルをかけ、切り替えボタンを押す。
すると視界の奥に紫色の靄のようなものが掛かっているのが見えた。
 「あれがSEEDの発する特殊因子です。どうやら結構な数がいるようですね」
 杖とマドゥーグをセットし、何の躊躇いも無く歩き出すアルベルト。
その後ろを追い掛けるようにユファは足を進めた。


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